恣意

もう一ヶ月も前のことだが、おれは前回の「調和」というタイトルの雑記のなかで現代日本の混沌とした街並みには美意識が欠けているのではないかといったことを書いた

しかし、結果として新たにあらわれた美というものはあると思っている

極端な例ですけれど、廃墟に美を見いだすのと似たようなものですね

 

日本の都市計画には景観を守ろうという意識がヨーロッパ諸国に比べるとほとんど見受けられない

その理由の一つに、統一感がほとんどないという点が挙げられる(ニュータウンと呼ばれる住宅群には統一感と呼べるものが確認できるが、その統一感は内部のみに留まっており、外部との境界線の混沌はより強くあらわれている)

だが、結果として生まれたその「ずれ」に日本の美意識が生きていると思っている

たとえば日本の茶室には意図的な「ずれ」が多く見られる

詳細は省いてしまうが、この「ずれ」は自然の動きに人間の方が合わせていくという思想が元にあるようだ

自然界では無秩序こそが秩序であり、そこに慣らすかのように建てられた建築には日本特有の思想や美意識が生きている

そこで、現代日本において無秩序に建てられている建築群にも同じ思想や美意識が結果として残っているのではないかと考えたのである

 

とここまで勢いで書いてきましたが、思いつきで文章を書き始めたのでこれ以上の分析は新たな知識を要しそうです

なので突然ですがここでとりあえずおわりにします

あくまで雑記ですからね